「最近なんとなくお腹の調子が悪い」「朝になると決まって下痢になる」、そんな悩みを抱えながらも、忙しさを理由に受診を先延ばしにしている方は少なくないようです。実際に、慢性的な下痢(4週間以上続く軟便・水様便)は、成人の約6〜7%に認められる非常にありふれた症状です。そこで、ここでは慢性的な下痢の主な原因や仕組み、対処法について解説します。

2026年3月31日
慢性の非感染性下痢のうち、最も多い原因は下痢型過敏性腸症候群(IBS-D)と機能性下痢です。両者は「腸と脳の相互作用の障害」と総称され、腸そのものに炎症や構造的な異常はありません。
過敏性腸症候群(IBS)は、週1回以上の腹痛が3ヵ月以上続き、その痛みが排便と関連している(排便後に楽になる、または悪化する)という特徴を持ちます。便の形状や頻度の変化も診断の要件となります。成人の推定有病率は7〜21%と広く、とくに若い女性に多い傾向があります。
機能性下痢は、腹痛をほとんど伴わないまま、3ヵ月以上にわたって25%以上の排便が軟便・水様便となる状態です。有病率は世界的に約4.7%とされています。
IBSや機能性下痢の患者さんでは、腸の運動(蠕動[ぜんどう])の異常、内臓過敏性(痛みの感じやすさ)、腸内細菌叢(腸内フローラ)の乱れ、腸管バリア機能の低下、そして脳と腸の双方向コミュニケーションの障害が複合的に関与していると考えられています。

「大事なプレゼンの朝に限ってお腹が痛い」「通勤電車の中でいつもトイレに行きたくなる」——これは決して気のせいではありません。
心理的ストレスがかかると、交感神経が優位になり、コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌されます。これが腸管運動を乱し、内臓過敏性を高め、粘膜バリアを弱め、免疫細胞の活性化を促すのです。
朝に症状が出やすいのは、胃・大腸反射(gastrocolic reflex)と呼ばれる生理現象が関係しています。食事で胃が膨らむと、神経反射で大腸の蠕動運動が活発になります。朝食後はこの反射が最も強く働く時間帯であり、IBSを持つ方ではこの反応が過剰になります。加えて、起床後の精神的緊張(仕事へのプレッシャーなど)がさらに腸を刺激するため、「朝だけ下痢になる」という典型的なパターンが生まれます。

IBSや機能性下痢の患者さんの最大90%が、食事と症状の関連を自覚しています。
近年最も注目されている概念がFODMAP(Fermentable Oligosaccharides, Disaccharides, Monosaccharides And Polyols:発酵性オリゴ糖・二糖類・単糖類・ポリオール)です。これらは小腸で吸収されにくい短鎖糖質の総称で、大腸での細菌発酵によってガスや短鎖脂肪酸を産生し、腸の水分分泌と蠕動を亢進させます。

低FODMAP食を4〜8週間試みたところ、IBS症状の有意な改善が示されています(症状が残った割合:低FODMAP食43.2% vs 対照食61.6%)。また、慢性的な下痢を誘発する食事は次のものも挙げられています。
・乳製品(乳糖不耐症)
乳糖(ラクトース)を分解するラクターゼという酵素の活性が低下することで生じる乳糖不耐症は、世界の成人の約60%に認められ、とくに東アジア系では90%以上と極めて高頻度です。牛乳を飲んだ後に腹痛・下痢・腹部膨満が生じる場合、乳糖不耐症の可能性を疑いましょう。
・カフェイン
コーヒーや緑茶に含まれるカフェインは、腸管蠕動を亢進させる作用があります。IBSの方では、カフェインに対する腸の反応が過剰になっていることがあり、症状を悪化させることがあります。1日3杯以下に制限することが生活習慣上の目安として推奨されています。
・アルコール・炭酸飲料
アルコールは腸管粘膜を直接刺激し、腸管バリアを弱め、蠕動を乱します。炭酸飲料はガスの産生を増やし、腹部膨満感や下痢を悪化させる可能性があります。IBSや機能性下痢の方にはいずれも制限が勧められています。
慢性下痢の原因はIBSや機能性下痢だけではありません。慢性の下痢が続く場合、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患(IBD)も鑑別が必要です。IBDは慢性の免疫介在性炎症で、2023年時点で世界の有病率は約500万人とも推計されています。IBSとの主な違いを以下の表に示します。

自分で対処できる方法としてまず試してほしいことは、次のような生活習慣の改善が挙げられます。
【英国のNICEガイドラインが推奨するIBS・機能性下痢への基本的な生活習慣改善策】

一方で、病院を受診することを進めるケースもあります。表2の炎症性腸疾患(IBD)を疑う症状がある場合はすぐに、または、生活習慣の改善で症状がしなかったり、4週間以上下痢が続いたりする場合は、一度病院を受診することを勧めます。まずは内視鏡のできる消化器内科への受診が適切です。初診では、症状の経過・食事内容・服用薬・家族歴・渡航歴・ストレス状況などを詳しく聞かれますので、お薬手帳の持参を忘れないようにしましょう。

植地 貴弘 (うえち たかひろ)先生
医学博士/総合内科専門医/救急科専門医
横浜労災病院 救急科 医長
ER型救急医として急性期医療の最前線に従事する一方、産業医として複数の事業所も担当。
救急医療と労働衛生の視点を融合し、「予防可能な重症化を減らす」ことをテーマに医療に取り組む。プライマリケア、予防医学を専門とする。